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【資料】3.22奨学金抗議実行委員会

今回、要望書とともに提出した日本の奨学金についての資料です。


資料 日本の奨学金

はじめに

 日本の大学生は、およそ三人に一人が奨学金を借りている。大学の授業料が高いため、奨学金を借りなければ進学できないというのが現状である。四年間、借りつづけていれば、その総額は四〇〇万円にもたっし、大学院でも借りつづけていれば、一千万円をこえてしまう。日本の学生たちは、大学を卒業するやいなや、自動車ローン以上の借金をせおわされるのである。しかも、この数年間、日本学生支援機構(以下、支援機構)は民間金融機関さながらに、返済催促を強化してきた。その一例といわれているのが、いわゆる奨学金返済延滞者のブラックリスト化である。
 二〇〇八年一二月、支援機構から奨学金を借りている学生や卒業者に、おどろくべき通知がとどいた。「個人信用情報機関への個人情報の登録について」と題するこの通知には、以下のように記されていた。

当機構では、本年六月に奨学金の返済催促に関する有識者会議が取りまとめた「日本学生支援機構の奨学金返還催促策について」において、返還開始後一定の時期における延滞者について、当該延滞者の情報を個人信用情報機関に提供することにより、延滞者への各種ローン等の過剰貸付を抑制し、多重債務化への移行を防止することは、教育的な観点から極めて有意義であるとの提言を受け、延滞者に限って、その情報を個人信用情報機関へ提供することとして、本年一一月に全国銀行個人信用情報センターに加盟し、延滞者に限定して個人情報機関への個人情報の登録を実施することとしました。

文中にある「返還開始後一定の時期」とは三ヵ月であり、「個人信用情報機関」とは、全国の主要銀行をふくめた一四〇〇の金融機関のことをさしている。要するに、奨学金を返すのが三ヵ月おくれたら、そのひとの個人情報を金融機関にしらせるということである。いちど通報されたら、そのひとはブラックリストに載せられ、今後クレジットカードをもてなくなるかもしれないし、住居を借りるときにも支障がでるかもしれない。一言でいえば、奨学金返還延滞者のブラックリスト化をおこなうというのである。
二〇〇八年の一二月といえば、世界金融危機のあおりをうけて、派遣切りなどが続発し、ちょうど日本のなかで貧困問題が注目をあつめていたときである。正直なところ、いま大学を卒業しても、なかなか就職先はみつからない。新卒のなかには、派遣社員になったり、アルバイトをかけもちしたりしてギリギリの生活をおくるひとだってすくなくない。実際、二〇〇七年の支援機構の調査によれば、六ヵ月以上の返還滞納者が、一番の理由としてあげているのは、「低所得」で四五・一%であった。そんな人たちに、三ヵ月滞納しただけで金融機関に通報するぞと脅しのような文書がとどく。しかも、それが「教育的な観点から極めて有意義である」という。いったい、日本の奨学金はどうなっているのだろうか。


奨学金=借金!?

 日本の奨学金制度で、もっとも事業規模が大きいのは支援機構である。日本には、もともと日本育英会という奨学金事業の公的機関があったが、二〇〇四年に独立行政法人化されて支援機構となり、事業もそのままうけつがれている。規模もさることながら、いぜんとして文科省の管轄に置かれており、なかば公的な性格をもっているといえる。現在、支援機構には二種類の奨学金がある。

  第一種奨学金 …… 貸与、無利子、年額約五四万円~七七万円
  第二種きぼう21 …… 貸与、有利子(上限利率三%)、年額約三六万円~一八〇万円
(きぼう21は、五つの受給額から選択制、医歯薬は増額可)

 支援機構には、二種類の奨学金がある。ひとつが無利子の奨学金、もうひとつが有利子の奨学金である。どちらも貸与であって返さなくてはならず、返す必要のない給付奨学金が存在しないのが特徴的である。受給基準は、家族の経済事情と学業成績で判断され、最長二〇年間で返還をさせる。貸与をうけるにあたっては、連帯保証人が必要であり、たいていは親兄弟か叔父・叔母が保証人となる。最近では、連帯保証人の選任ができなくても、一定の保証料を保証機関にはらうことで貸与をうけられるようになっている。ちなみに、返還が免除されることはほとんどなく、かつては卒業後の一定期間内に教職員になれば、返さなくてもよかったのだが、その免除規定も一九九八年から徐々に廃止されてしまった。いまではほんのわずかな学生しか免除されることはない。しかし本当のところ、このような奨学金はふつう「奨学金」とはよばれない。世界の常識からすると、「奨学金」とは返済義務のない給付奨学金のことをさし、英語ではグラントとよばれる。これにたいして、貸与奨学金は英語で学生ローンとよばれるものであり、民間金融機関のローンとおなじくくりで語られるものである。いいかたを変えると露骨になってしまうが、日本の公的奨学金には借金しか存在していないのである。
 だが、それでも支援機構から奨学金を借りる学生は増えつづけている。別資料で詳述したように、日本の大学は学費が高い。初年度では、国立大学でも授業料が八〇万円ほどかかるし、私立大学では一三〇万円ほどかかる。学費が高い以上、借金をしなければ大学にはかよえない。二〇一二年度の支援機構の事業規模は、第一種奨学金が二七六七億円、第二種奨学金が八四九六億円となっており、貸与人数は合計一三四万人にもおよんでいる。割合でいうと、学部生は三人に一人、大学院生は二・五人が支援機構から奨学金を借りていることになる。一〇年前の二〇〇二年度のときには、第一種奨学金が二二一四億円、第二種奨学金が二九五二億円、貸与人数が八〇万人だったから、第一種の規模はあまり変わらないが、第二種が二・八倍になっており、人数もおよそ一・五倍になっている。とうぜんながら、事業拡大にともなって、支援機構が回収しなくてはならない金額もふくらんでいる。二〇〇四年度には二二九七億円であったものが、二〇〇七年度には三一七五億円になっているし、二〇一一年度には三五三五億円になっている。返済できないひとの数も増加していて、三ヵ月以上の滞納者数が二〇万人にもたっしている。しかも、第二種奨学金を返せないひとが増えているわけであるから、そのひとたちが利子で借金をさらにふくらませてしまう。奨学金の場合、額が数百万円単位であるから、利子だけで借りていた額をこえてしまうということもめずらしくない。
 ブラックリスト化の前年にあたる二〇〇七年には、マスコミを中心として、赤字だらけの支援機構をバッシングする声が高まり、「返済滞納額は〇七年度で二二五三億円」などと報道された。ほんとうのところ、二二五三億円というのはこれから返済期日がくる返済予定額もふくめた金額であって、実際の滞納額は六四五億円ほどであった。しかも、これは一九四三年にできた旧育英会のころからの総額であり、六〇年以上の貸出総額からみれば、支援機構は驚異的な回収率をほこっている。二〇〇七年までの総回収率をみると、要回収額三一七五億円にたいして回収額が二五一五億円だから、八割ちかくの回収率を達成していたことになる。また、二〇〇七年だけの回収率をみれば、九割をこえている。二〇一一年度の回収率も九割五分である。データがものがたっているのは、支援機構の取りたてがあまかったということではない。逆に、取り立てが過剰にきびしかったということである。


取り立ての実情

 支援機構は、奨学金の返還開始時期は学校を卒業してから六ヶ月後としている。通常、三月末に卒業するひとがおおいので、一〇月から返済することになるだろう。だが、一〇月になっても支払いがなかった場合、支援機構は毎月督促をおこなうようになり、それが六回ほどつづけられる。督促は通知票が送られてくるばかりでなく、電話がけもおこなわれていて、本人には一回目、五回目、六回目に、連帯保証人には二回目、三回目に、保証人には四回目に電話がかかってくる。そして、それでも支払いがなかった場合、ちょうど一年経過したということで、支援機構は法的措置や個別事情におうじた請求に移行するのである。
ちなみに、電話での返済催促はその後もつづけられるのであるが、この作業は民間の債権回収会社に委託されている。二〇〇五年には五五六件、二〇〇六年には七〇三七件の催促を民間の債権回収業者が担当したそうだ。回収率もかなりよかったらしく、二〇〇五年には、延滞一年以上二年未満で入金履歴のない五五六件に催促をおこない、二七三件の回収に成功した。金額でみると、回収率は三七・一%であった。二〇〇六年には、一〇一八件の催促をおこない、三一一件の回収に成功した。金額でみると、回収率は一〇・四%であったという。このとき、中・長期延滞債権についても催促はおこなわれたが、あまり成果はでなかった。そのため現在では、延滞二年未満の初期債権の催促については重点的に民間委託をおこなう予定だという。
 さらに現在、支援機構がちからをいれているのは法的措置である。法的措置とは、支払督促申立予告とよばれる手段のことである。ようするに、支援機構が借金を返済させるために裁判所に提訴するということだ。債務者が裁判におうじないなどして、支援機構の主張が全面的にみとめられると強制執行がおこなわれる。具体的には、債務者の給与を差し押さえて、その四分の一を回収することになる。ただし、差し押さえの対象は給与にかぎられており、現段階では家財道具や自動車などが差し押さえられたケースはないようだ。支援機構によれば、法的措置の件数は、この数年間で着実に増加しており、二〇〇六年度の訴訟件数は五四七件ほどであったが、二〇一一年には四八三二件になっており、五年間でおよそ九倍になっている。正確な件数は不明であるが、年に数件は強制執行にまでおよんだケースが報告されている。
 かりに強制執行はされなかったとしても、法的措置をちらつかされ、民間の債権回収会社から取り立てられるのは、借り手にとって、おおきな精神的ダメージである。以下の文章は、大学院進学のために支援機構から第一種奨学金を四五〇万円ほど借りたものの、卒業後、収入がたりず、返済を延滞している大学非常勤講師の文章である。

 支援機構からの直接の電話も何度かありました。その後、「保証人」である親元にも払い込み票とともに、返済しない場合、法的措置を講ずる旨の通知が届きましたが、そのため親が精神的に不安定となり、それゆえ自身も大変な精神的負担を強いられるという事態が発生しております。現在も彼らの精神的な不安定状況は継続しているといえるのですが、この先このような状態が続くことははっきりいって耐えがたいし、さまざまなことに支障をきたします。
 また、支援機構でなく民間の債権管理会社からも電話がかかり、払い込み票の入った封書が届いております。これは私本人のところにも、それからやはり親の所にもあり、管理会社の電話対応はいまのところはまだソフトでしたが(私のところにかかってきたときは「返済をお願いします」という感じだったのですが、親にかかってきた方はわかりません)、民間でもありますので、これから先どんな取り立てをされるかと思うとやはり不安になります。
 法的措置云々というのは、「返済未済奨学金の一括返還請求(支払い督促申立予告)」が届いたことです。この書類では、上記の返還金額とともに、四月末までに入金しないと「返還強制の手続きをとることになるのでご承知おきください」との文言が入っています。裁判所に「支払督促申立」をする旨が別紙にて「最終通知」という形で添付されており、内容も形式もほとんど水道料金滞納時の給水停止予告書と同様のものでした。こういうものが届いて、これについて親とのあいだで争いが生じています。
 親はすでに年金生活で夫婦一五万たらずで生活しており、私と同じくこの金額では「返済」などできるはずもないのですが、「おまえが返せない(返さない)というのなら支援機構と交渉してこちらで少しずつでも返す」といってききません。親にかんしていうなら、「借金」を「返さない」ことは「人でなし」であり、世間的には「落伍者」であり「国」のやることに間違いはない、という通念が強く、また「法的措置」という脅迫めいた文言が彼らにはきいているようです。こうした親との無意味なやりとりだけで、私のほうは過重な負担となり精神的にも追い詰められます。
(古葉計一「奨学金返還をめぐって」『控室』第六八号、三頁)

 この文章を読むと、支援機構の取り立てがどれだけ債務者とその家族を不安におとしいれてきたのかがよくわかる。本人もそうかもしれないが、年老いた親が動揺している姿が容易に目にうかぶ。高い大学の学費。そのおおくは親が支払い、それでも足りないから奨学金を借りさせる。しかし、子どものために必死にはたらき、ようやく卒業させたと思ったら、こんどは「法的措置」と、ぶっそうな文言のはいった通知がおくられてくる。あるいは、とつぜんの債権回収業者からの電話である。親のなかには状況がつかめず、自分や子どもがなにか悪いことでもしてしまったのかと誤解してしまうひともいるかもしれない。それでは精神的に不安定になり、子どもに怒りをぶつけ、ケンカになってしまってもおかしくはない。また、子どものために返済をはじめるが、やはり怒りをおさえきれずに子どもをなじってしまい、親子関係を気まずくしてしまうところもあるかもしれない。支援機構の取り立ては、奨学生の家族を破壊している。


世界の高等教育 (一)アメリカ

 これまで、日本の奨学金制度を検討してきた。特徴としては、国公立大学と私立大学ともに学費が高額であり、奨学金に給付(グラント)がなく貸与(ローン)ばかりであるというものであった。ようするに、学費が高くて、奨学金が借金というのが、日本の高等教育の特徴であった。これは世界と比較して、どうなのだろうか。まず、一般的に大学の授業料が高いことでしられるアメリカをみてみよう。
 アメリカの私立大学は、授業料がきわめて高い。平均でも年間二〇〇万円はするし、高いところでは五〇〇万円もする大学がある。日本の感覚でいうと、どこも医学部にかようようなものであり、ちょっとムリだと思うひとがおおいだろう。だが、この私立大学にしても、それぞれが独自の奨学金制度をそなえており、授業料は実質的にディスカウントされる。学生は成績さえよければ、奨学金をもらって大学にかようことができるのである。もちろん、このしくみを一概に肯定することはできない。そもそも、私立大学は魅力的な教育環境をととのえ、より多くの学生をひきつけるために、高額の授業料をとってきた。なかでも、大学の独自奨学金は目玉のひとつであり、それをより充実させるために、より多くの授業料をとろうという大学間の競争がはじまった。だから、授業料をディスカウントする奨学金が、じつは授業料を値上げした原因であった。しかも、大学は独自奨学金の支給をつうじて、みずからに好ましい人材だけを選抜してきた。いくら授業料が安くなることがあるとはいっても、これを教育の機会均等ということはできないだろう。
 これとは反対に、公立大学は教育の機会均等がめざしてきた。現在、アメリカでは学生の約七割が州立大学にかよっているが、その州立大学ではずっと低授業料政策がとられつづけている。四年制大学の年間授業料は二二万円から一一〇万円とばらつきこそあるものの、平均すると五五万円ほどになるし、二年制大学は平均で二二万円ほどになる。しかも、アメリカの場合、政府機関の奨学金制度がひじょうにしっかりしているので、給付奨学金で授業料をカバーすることも可能である。たとえば、もっとも有名なのが「ペル奨学金」である。これはアメリカ最大の給付奨学金であり、規模としても毎年一兆円をこえる金額が学生のもとにわたっている。受給基準も経済的必要性におうじて決定されており、低所得者を配慮したものとなっている。もし、それにもれた場合には「スタフォード奨学金」のような貸与があり、無利子と有利子、どちらも二兆円規模の奨学金がある。二〇〇八年の金融恐慌以降、公的教育費が大幅に削減され、州立大学の値上げの傾向がみられるが、それでも日本よりは充実した高等教育制度を整えているといえるだろう。


世界の高等教育 (二)イギリス

 つぎに、イギリスを例にとってみよう。もともと、イギリスでは教育の機会均等を実現するという意識がひじょうに強く、大学にお金がかかることはなかった。政府が授業料を給付奨学金として支給していたため、大学は実質的に無償になっていたのである。しかし、一九九八年からすこしずつ状況が変わっている。この年、イギリスは大学の授業料の徴収をはじめ、年間約二一万円をとるようになった。その後、一年に一万円ずつ値上がりしている。また、EU圏外の外国人留学生については、授業料をすべて私的負担とし、文系が一七五万円以上、理系が二三〇万円以上となっている。さらに、このときの改革によって、給付奨学金も障害をかかえた学生をのぞいて、原則廃止されてしまった。
 そして、二〇〇四年になると、ブレア元首相は上限金額を三〇〇〇ポンド(六三万円)と決めたうえで、各大学が自由に授業料を設定してよいという法案を通過させてしまった。この法律が施行された二〇〇六年からは、じつに九割ちかくの大学が授業料を最高金額の六三万円に設定している。しかし、学生たちはすぐさま抗議行動にとりかかり、議会では野党ばかりでなく与党でも百人以上の議員がブレアに異議をとなえた。当時、法案に反対する広範な世論がかたちづくられ、野党の保守党でさえ「高等教育の無償化」をとなえはじめたほどであった。こうした世論の後押しもあって、いくつかの妥協がうみおとされることとなった。ひとつは、いちど廃止された給付奨学金制度が二〇〇五年に復活したことである。家庭の収入などが配慮され、低所得者層の学生にたいして、年間最高二七六五ポンド(六五万円)が給付される。
 もうひとつは、授業料のはらいかたが卒業後の後払いになったことである。つまり在学時には、授業料相当分を国がたてかえて大学にはらい、学生が卒業してからそれを返済する。イメージとしては、貸与奨学金の制度が授業料に適用されたと考えればよい。ただ、日本の貸与と決定的にちがうのは、そこに所得連動制がくみこまれていることである。卒業後、学生は所得から学費を返済することがもとめられるが、それはあくまで年収一万五千ポンド(三四四万円)をこえてからで、超過分の九%でよいとされている。しかも、所得の低いひとがいつまでも借金をひきずっているのは、老後の生活を圧迫することになるから、卒業後二五年間で残っている債務は帳消しになるとされている。正直、日本にいる側からすれば、うらやましいというほかない。要するに、低所得者にとって学費は実質的にただなのである。イギリスでは、いちど学費の値上げが本格化したが、学生や教員たちが猛反発し、それをおしとどめるどころか、むしろ学費の無償化にむけておしかえしたということができるだろう。


世界の高等教育 (三)ドイツ

 ドイツでは、基本的に大学の授業料は無料である。イギリスとおなじように、ドイツでも高等教育の機会均等という理念がひじょうに根強かった。とくに、一九六〇年代から七〇年代にかけて、学生たちがひじょうに強力なちからで「社会的弱者にも教育の機会をあたえよ」という要求をおこない、一九七二年から全国の大学授業料を無料にさせたのが特徴的であった。しかし、ドイツでも一九九八年あたりから状況が変わってきている。この年、バーデン・ビュルテンベルク州は、授業料がただであるために、学生が五年、一〇年と大学に在学をしつづけ、国家財政を圧迫しているとして、長期在学者から授業料を徴収することを決定した。
 その後、すこしずつ授業料徴収の動きがはじまり、二〇〇五年には連邦憲法裁判所が授業料徴収を全国一律で禁じるという法律を無効にしてしまった。これをうけて、いくつかの州が二〇〇七年度から五〇〇ユーロ(七万円)の授業料徴収を決定し、ドイツ国内で大きな波紋をよんだ。学生と大学教員たちは、抗議のために各地でデモをくりかえし、「教育は商品ではない」「授業料徴収は社会を分断させる」とのプラカードをかかげた。こうした強い世論の反発もあって、州のなかにはいちど授業料徴収を公表したものの、それを撤回するところもあらわれた。だから結果としてみると、現段階では授業料徴収は一部の州にとどまり、ほとんどの学生がいぜんとして学費無償のままなのである。
 ドイツでは、政府機関の奨学金もしっかりしている。なかでも、もっとも大きな政府機関の奨学金が連邦教育訓練助成法にもとづいた奨学金である。これは親や本人の所得におうじて受給資格がみとめられ、学生ひとりあたりの最高受給額は六五万円とされている。特徴的なのは、受給額のうち五〇%が給付であり、五〇%が貸与とされていることだ。学生からすれば、奨学金の半分は贈与としてもらえることになり、返済しなくてはならないのは半分のみということになる。返済のしかたについても、日本とくらべればかなりのゆとりがあり、返済がはじまるのは支給終了後の五年目である。毎月の返済額は、最低一〇五ユーロ(一万四千円)とされ、最長二〇年で返済することがもとめられる。だが、月収が九六〇ユーロ(一三万円)にみたない場合は返済猶予となる。しかも、二〇〇三年以降に入学した学生については、返済総額に上限がもうけられ、どんな場合であっても一万ユーロ(一三八万円)以上の返済義務は生じないことになった。ドイツでは、授業料はほとんど無料であり、しかも低所得者には給付にちかい奨学金が存在している。


世界の高等教育 (四)スウェーデン

 ヨーロッパのなかでも、もっとも高等教育が充実しているのが北欧諸国である。とくにデンマーク、フィンランド、スウェーデンは、対GDP比でみた公的高等教育支出の割合がそれぞれ一・八%、一・七%、一・六%とひじょうに高い。国家政策のかなめが教育の機会均等となっており、初等教育から高等教育にいたるまで基本的にお金がかかることはないのである。スウェーデンの初等教育にかんしていうならば、授業料が無料であるばかりかノート、鉛筆、消しゴムなどの勉強道具や食費さえ無料であるらしく、生まれながらの経済的境遇によって不平等がうまれないように、教育はすべて公的負担でまかなうことが基本原則とされている。高等教育の場合、さすがに勉強道具や食事にお金がでることはないが、それでも他の国々とくらべれば私的負担の額はひじょうにすくない。もうすこしスウェーデンを例にとって、高等教育についてみてみよう。
 スウェーデンでは、基本的に大学の授業料はただである。しかも、全国一四の国立大学が無料であるばかりでなく、全国三つの私立大学も無料である。そして、これはいかなる学生もであって、外国人留学生もすべてふくまれる。もちろん、入学資格はさだめられているが、外国人留学生にしてもスウェーデン語準備コースに一年間かよってスウェーデン語を習得すればよいとされている。一般の入学資格にも工夫がこらされており、高等学校を卒業していることだけではなく、二五歳以上で四年間の労働経験があり、中等教育修了程度の英語とスウェーデン語の力があれば大学に進学することができる。だから、大学生の年齢をみてみると、四五%ほどが二五歳以上の成人であるという。スウェーデンでは学費が無償であるばかりでなく、大学が学生をうけいれる幅がひじょうにひろいということができるだろう。
 また、奨学金制度も充実している。スウェーデンには、給付と貸与の二種類の奨学金が存在しており、年間の支給額は、給付が最高四〇万円、貸与が七三万円で、合計すると一一三万円、割合としては給付奨学金が全体の約三五%をしめている。支給基準としては、親や配偶者の収入とは切りはなして、学生個人の収入だけが考慮されるのが特徴的である。二五歳以上の学生の場合、収入のある配偶者がいることもおおいが、個人単位で奨学金が給付されるのであれば、そのお金を生活費にいれることができるので、相手になんの気がねもなく大学に進学することができる。共働きでなんとか生計をたてている世帯にしても、学費がただで奨学金が給付されるのであれば、どちらかがやめて大学にいくことも可能だろう。子どものいる学生も全体の四分の一ほどいるようだが、そうした学生については別の経済的援助をうけることができ、生計をたてられるように配慮されている。スウェーデン政府は、学習のために経済的援助を必要としているすべての学生に支援をおこなうことを基本原則としているらしいが、授業料の公的負担もふくめて考えれば、まさにそうした原則がつらぬかれているといってもいいだろう。


おわりに

 ここまで、アメリカとヨーロッパの高等教育をみてきたが、比較してみると、日本の授業料と奨学金がどれだけ異様なものであるかがわかる。国公立大学と私立大学の授業料がともに高く、奨学金が借金しかないということなど、世界的にはありえないのである。別資料にて、これまで日本政府が「大学無償化」をうたった国連人権規第一三条二項(c)に留保してきたと述べたが、まさにその姿勢がありありとあらわれているといえる。こうした現状をふまえて、二〇〇一年に国連の社会人権委員会は日本政府をきびしく批判し、留保撤回をもとめた。この問題は回答期限が二〇〇六年と設定されていたことから、二〇〇六年問題とよばれている。
しかし、二〇〇六年になっても、日本政府が国連に回答することはなかった。回答をおこなうかわりに、政府がとった手段はただ奨学金の取り立てをきびしくするというものであった。実際、政府は『「独立行政法人日本学生支援機構の主要な事務及び事業の改廃に関する勧告の方向性について」における指摘事項を踏まえた見直し案』(二〇〇六年一二月二四日、行政改革推進本部決定)を発表し、支援機構は民間有識者をまじえて意見交換をおこない、奨学金の回収を強化するべきだと提案している。そして、これをうけて二〇〇七年に支援機構が設置したのが「奨学金の返還促進に関する有識者会議」(以下、有識者会議)であった。有識者会議は、以下の九人の委員から構成されている。

市古夏生(お茶の水女子大学教授) 座長
加山勝俊(社団法人しんきん保証基金常務理事)
黒葛裕之(関西大学教授)
小林雅之(東京大学教授)
斎藤鉄生(早稲田大学学生部奨学課長)
白井淳一(信金ギャランティ株式会社代表取締役社長)
宗野恵治(弁護士)
濱中義隆(独立行政法人大学評価・学位授与機構准教授)
藤村直(三井住友銀行融資管理部長)

 一目みてわかるとおり、金融関係者がひじょうにおおい。これにたいして、教育の専門家といえる大学教員は小林雅之氏ただひとりである。こうした人数比もあるのだろうか、有識者会議では所得連動制などの返還方法も紹介されたらしいが、議事録をよむかぎりではそれが真剣に議論された気配はみじんもない。むしろ、支援機構に民間金融会社の手法をとりいれ、借り手にたいするペナルティを強化しようという議論ばかりがなされていた。無理もないことだ。意見を述べているのが民間の金融会社なのだから。結果的に、提言されたのは以下の三点のみであった。

1) 法的措置の徹底
2) 民間の債権回収業者への業務委託
3) 返還滞納者のブラックリスト化

 これらの内容についてはすでに説明した。実のところ、いま支援機構がおこなっている取り立ての強化は、ほとんど有識者会議の提言によるものだということができるだろう。二〇〇六年問題をうけて、日本の奨学金制度のぐらつきがはっきりとしたまさにそのとき、日本は世界の常識とは逆行するみちをすすみはじめたのである。

  *

 さて、二〇一二年三月、以下のような記事が朝日新聞に掲載された。外務省が国連人権規約の「大学無償化条項」への留保を撤回すると表明したのである。しかし現時点で、大学授業料の減免や給付型奨学金の創設がおこなわれるきざしはまったくみられない。借金の取り立ては強化されるばかりであるし、ブラックリスト化も止まっていない。民主党政権時代の目玉政策であった高校無償化でさえも見直しがはじまりそうである。本資料で示したように、世界的にみて、日本の奨学金制度はあきらかにおかしい。わたしたちは、ここであらためて日本政府が世界の常識にのっとり、「大学無償化」にむけて動きだすべきだと主張したい。

「大学無償化」国連人権規約を協議へ、外務省が留保撤回                    

 外務省は、大学や高専など高等教育の段階的無償化を求めた国際人権規約の条項について、30年余り続けてきた留保を撤回する方針を固めた。文部科学省などと協議して手続きを進める。授業料の減額や返還不要の奨学金の導入など、条項に沿った施策に努めることを国際社会に示す意味合いがある。ただ、現状で具体策は示されていない。
 規約は1966年に国連総会で採択。日本は79年に批准したが、「高等教育は、無償教育の漸進的な導入ですべての者に均等に機会が与えられるものとすること」などとする条項は留保。「国公立で無償化が進めば私立と格差が生じる」と説明してきた。留保は約160の締約国のうち日本とマダガスカルだけで、国連は2001年に撤回を日本政府に勧告していた。
 撤回については、民主党に政権交代後の10年1月、当時の鳩山由紀夫首相が施政方針演説で目標に掲げた。その後、高校授業料の実質無償化、奨学金の対象の拡大や各大学の授業料減免措置など、学生を経済支援する取り組みが広がっているとして、外務省は「留保撤回の状況は整った」と判断。玄葉光一郎外相は、今年2月の衆院予算委で撤回を明言し、「状況を事務方から聞いて、そういうことであれば撤回しては、と判断して指示をした」と答弁した。 (朝日新聞2012年3月17日)
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